『小包』
先日、ようやく、予算と見合う程よい物件を見つけた僕は、去る二月某日、
念願の引越しに漕ぎ着けた。いよいよ一人暮らしだ。
生活が不規則な上、ギターを弾くと家族に煙たがられるので、
半ば、強制的一人暮らしを進められたようなものだ。
両親からそんな勧告を受け、僅かばかりの資金援助で引っ越しに相成りました。
当日は、幸い好天に恵まれ空っ風の吹く中、気のいい引越しの業者さん、
そして、金のない独り者から報酬を要求する薄情な友人二人の協力を得て
日暮れ前に全ての荷を運びこむ事が出来た。
それにしても荷物の多い事。原因の筆頭は、音楽機材だ。しかも重い。
アンプにキャビネット、ミキサーとスピーカー。ついでに電化製品。
テレビにビデオ、冷蔵庫、新しく購入したベッド。
それにタンスとチェスト。その他いるのかなと思うものまで処分せず
箱に詰めてしまったので、結局、運び込んだ段階で部屋を埋め尽くしてしまった。
下見の時より狭く感じてしまうのは、やはり錯覚というものか。
取りあえず、箱を積み上げ、座る場所を確保して、友人二人にささやかなお礼に
焼肉をご馳走した。といっても焼肉屋ではなく最寄りのスーパーに買い出しに行き、
安い肉を買い込んだ割に喜んで食べてくれた。
やはり、労働の後は、何でもおいしく思えるものだ。よかったよかった。
疲れもあったせいか二人が早目に引き上げたので、簡単な片づけを済ませ
軽く汗を流して、ベッドに潜り込んだ・・・。
翌朝、眠たい目をこすりながらの起床となった。
部屋を見渡すが、山と積まれたダンボールが、僕を憂鬱にさせる。
勿論必要なものなのだが、これを、快適な生活環境にすべく整頓するには、
かなりの労力が要りそうだ。なんか、箱が多いような気がする程。
鈍草と起きて、支度を始めた。そう、休む間もなく仕事なのだ。
六畳程の城が快適空間になるのは、まだまだ先の事のようだ。
電気、ガス、水道は通っているが、電話の申し込みをしていないので、
しばらくは、PHSのみだ。
洗濯機は、注文が遅れて届くのが明後日になる予定だ。
ついでに、使用頻度にも疑問符だが、ガスコンロも新調した方がよさそうだ。
あの古そうなエアコンは、ちゃんと動くのかな。
・・・不便もままあるが、軌道に乗るのは、来月くらいからだろう。
いよいよ一人暮らし、期待と不安に胸を膨らませながらのスタートだ。
仕事に出かけよう。次の休みには片づけが出来るだろう。
・・・あれ?
玄関寄りに積まれた箱の中に見慣れない箱が目に付く。
これには、見覚えがない。何の印刷もされていない無地の箱だ。
ガムテープで厳重に封がされている上、何も記されていない。
・・・一体どういう事なんだ?
引越し業者の箱には、社名等の印刷が記されているはず。
僕自身の用意した箱は、近所のスーパーから貰ってきたものだ。
それにもちゃんと覚えがある。
何故、こんな箱が紛れ込んでいるのだろう?
僕が思い付いたのは、以下の通りだ。
僕の前にこの業者に依頼した人の荷物で、
このトラックの置き忘れられたものが運び込まれた。
・・・点検を怠っていなければ、持ち主の元にあるはずである。
そうではなく、昨日手伝ってくれた二人のいたずらで運び込まれた。
・・・いや、あの2人に限ってそんな周到ないたずらはしないだろう。
実は、新居前のごみ捨て場にあったもので、
僕以外の誰かが、誤って持って来てしまった。
・・・引越し当日の運び込みの時は、
出されていたであろうゴミは既に回収済みだったはず・・・。
以上の三点だが、否定要素の方がはるかに信憑性が高い。
そもそも、僕の推測云々以前に、確認なら、すぐに出来るだろう。
が、箱を開けずとも対処が出来るならそれに越した事はない。
前後不覚の持ち主、箱。となれば、開けるしかないのだが、
出来れば、開けずに事を済ませたいのが、今の僕の心境だ。
勿論、中身の確認によって得られる情報が、
全てを解決しうるだけの確証を得る可能性も高い。
ゴミならば、さっさと捨ててくればいいし、
中身の物で、持ち主の所在が特定出来るなら
引越し屋に連絡して取りに来てもらうより他ないだろう。
・・・だが、僕が、こんな長丁場を持たせているのは、
いるかも分からない持ち主に遠慮しているのでもなければ、
中身に特別な期待を抱いているのでもない。
・・・なーんだ、ごみか。で、終わればそれでいいのだ。
それが、万が一予想し得ない事が起こるような予感。
・・・なんとも、いただけない状況だ。
僕は、めったにこんな考え方はしない。
普段なら何の気なしに箱に手を伸ばしていた事だろう。
なんの期待も不安も抱かずに・・・。
では、今回が、僕の言うところの“普段”ではないのだろうか。
・・・そう、今の僕は、明らかに動揺している。
たかが箱一つに、何か予想し得ない事の起こりを感じている。
それが、彼らからの引っ越し祝いであるなど、
推測の内には入れど考えられない・・・。
僕は、朝食も取らず、箱を凝視していた。
・・・さて、どうしたものか?
まさか、得体の知れないものを目の前にして、
蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまうとは・・・。
無論、まだ、封をしたままの箱の上にあるカッターナイフを
手にすると言う暴挙に出る事も出来るのだが、
僕の中の第六感がそれを阻んでいる・・・。
が、そうこうしている内、ラウンド終了を告げるゴングが鳴ったようだ。
僕は、慌ただしくも支度を済ませ、仕事へ出掛けた。
出際まで迷っていたが、結局、その場は、
睨み合いのまま持ち越し、帰ってから仕切り直しになった。
いつもなら、出たとこ勝負をするタイプの僕、
何故、ここまで開ける事を渋っているのだろうか?
僕自身も躊躇する理由が分からなくなってきてしまった。
だが、出所の分からないものである以上、
発見当初の直感が正しければ、何があってもおかしくない。
そんな事を考えながら通勤ラッシュの電車に揺られ、
仕事場の同僚に釈然としない自分の気持ちを踏まえ、
状況を話してみたが、さりとて、有力な手立てを
得られた訳でもなかった。
それ位自分でも分かっていた事だ。
・・・気がつけば、帰りの電車に揺られていた。
もう、後は家に帰るしかない。つまり、朝の仕切り直し・・・だ。
いや、考えてみれば、開けなくてもよいのではないか。
管理人に預けてしまう事も出来るし、引っ越し屋に取りに来てもらうもよし。
そうだ。あの2人に確認していないではないか。
僕は、PHSを取り出し、短縮を押す。
「・・・もしもし。昨日は、お疲れ。ん、今、帰るとこ。
それでさ、お前、何にも書いてない箱って見てない?
・・・そう。いや、別に。うん、それだけ。じゃあね。」
もう一人にも聞いてみたが、やはり知らないようだ。
とぼけている様子もない。やはり、出所の知れぬ箱だ。
とにかく、僕の荷物ではない。だから、開ける必要もない。
だが、ここまで来て、引き下がるのも、気持ち悪い。
朝から、冷静に判断していたつもりが、直面していた故の客観性を欠いたようだ。
そうだ、そういう事だ。外で拾ったものなら、取得物として交番に届ければいい。
それと同じ様なものじゃないか。僕は、帰り道で急に落ち着きを取り戻した。
だが、あの同様は、全て嘘だったと言えるだろうか?
・・・いや、箱が目に入った瞬間、僕は、一種の恐怖のようなものを感じた。
それが、ある筈の無い物である事からの違和感に過ぎないとも取れる。
一度は、冷静さを取り戻したものの交錯する相対する不安に
葛藤しながら、新居のアパートの階段を上った。
僕は、大きく深呼吸をし、鍵を握り締めた。
意を決してドアを開いた・・・。そう、もう後戻りも躊躇も許されない。
なんだ、こんな事だったのかと笑い飛ばして眠りに就ける
状況を思い浮かべてみよう。
今まで、過剰なまでに大袈裟な扱いをしてきてしまった。
たかが、何の変哲もないダンボール箱ではないか。
僕の荷物に含まれていないもので、どこからか紛れ込んできただけではないか。
カチャリと無機質な音が戸口に響く。
僕は、その音に促されたかのように扉を開いた。
「ただいま。」
の一言を言う必要のなくなった玄関に立つと、
暗がりに包まれた部屋が見える。
戸口の右に玄関の照明があるはずだ。
手探りにスイッチを探り当てると、電気を点けた。
別段、変わった様子もなさそうだ・・・。
そう思った瞬間、一抹の不安、そして異様な気配を感じた。
躊躇を振り払って奥へ入り込んだ。
僕が目にしたのは、今朝、出掛ける前と何ら変わらない部屋の状況だった。
あの箱が、開いている事以外は・・・。
僕は、慌てて中へ飛び込んだ。
箱の封は、どのように解かれたのかは分からない。
ただ、中に何も入っていないようだ。
本当に何も入っていなかったのだろうか?
箱が勝手に開くような事があるだろうか?
他には何一つ変化のない部屋の状況から
誰かに荒らされたと言う事もないだろう。
僕は、しばし呆然と立ち尽くしたまま箱を見詰めていたが、
意を決して箱を手に取ろうとしていた・・・。
「あ、それ、その辺。草々、隅っこの方に置いといて。」
僕は、友人に言われた通り、部屋の隅に箱を置いて戸口へ向かった。
まだ、荷物は、たくさんある。
雲行きが怪しいので早く終わらせたいところだ。
それにしても、ただで手伝っているのに全く人使いの荒い奴だ。
・・・あれ?そう言えば、今の箱、見覚えがないや。
まあ、いいや。引っ越しの手伝いも楽じゃないな。
引っ越しの時には是非とも手伝ってもらわないとな。
何も記されていない箱は、誰にも気がつかれる事なく
部屋の片隅に放置されていた・・・。
[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?!
自宅で仕事がしたい人必見!
]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。
]
| FC2 | キャッシング 花 |
出会い 無料アクセス解析 |
|